RANGOON(ラングーン)日本人が出演しているインド映画|Kangana Ranaut主演

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RANGOON(ラングーン)は、第二次世界大戦中のインドを描いた作品で、日本人も出演しています。第二次世界大戦下のインド国内の事情を学ぶことができて、エンターテインメント性も高いので、オススメの映画です!

 

 

RANGOONの基本情報

 

キャスト:
Kangana Ranaut : Julia
Saif Ali Khan : Rustom
Shahid Kapoor : Nawab Malik

ディレクター:
Vishal Bhardwaj

言語:
ヒンディー語
日本語字幕あり

 

 

RANGOONのあらすじ

【時代背景】
第二次世界大戦中。インドはイギリスの植民地であった。インド人兵士によって構成されたイギリス軍は、ビルマに駐屯しつつインド側に進撃しようとする日本軍と戦っていた。

そんな中、イギリスの植民地支配から独立を求める2つの勢力が存在した。非暴力・不服従を掲げるガンディー率いる勢力と、武力によって独立を勝ち取ろうとするS・Cボース率いるインド国民軍(INA)。
ガンジー勢力は国内でスワラージ(自治権)を求め、非暴力・不服従運動を実施。
ボース率いるインド国民軍は日本と手を組み、シンガポールを拠点とした。インド国民軍は日本軍が捕虜として獲得したインド人兵士をその組織に取り込んでいった。

 

【ストーリー】
Juliaはインド映画の人気アクションヒロインでRustomの愛人。ある日、Rustomの勧めでビルマ戦線で働くインド人兵士を勇気付けるために、Rangoon駐屯地に慰問に行くことになる。
しかしRangoonへの道中でJulia一行は日本軍の攻撃を受け、Juliaは軍人Nawabと二人きりでジャングルに取り残されてしまう。

Nawabの勇敢な働きにより、Juliaは無事Rangoonにたどり着くが、その道中でJuliaとNawabは恋に落ちる。

NawabとRustomとJuliaは微妙な三角関係へ。

しかし、実は、Nawabはインド国民軍のスパイであった。駐屯地ではNawab達インド国民軍の企みにより、不穏な動きを見せ始める。。。。。

 

 


 

女優、Kangana Ranautの華麗なアクションとダンス

 

私はインド映画を見ていると、基本的にヒロインに惚れ込んでしまう。(ヒーローは基本そっちのけ。)この映画でも、Kanganaがムチをやナイフを片手にセクシーでかっこいい演技・ダンスを披露してくれた。(以下、私が一番好きだったダンスシーンの動画)

 

彼女の出演作品等はググればすぐ出てくると思うので、ここでは2つのトリビア的エピソードを紹介する。

 

①2013年の”India’s hottest vegetarian”にてアワード受賞!
2013年より少し前に、ノンンベジからベジに転身したとのこと。
彼女はインタビューで、「私たちは動物を食べるべきじゃないわ。それに、オーガニックのベジタリアン料理は体に悪いものが全く無くて、とっても健康的だわ。」と述べている。

 

②デビュー当時は英語がちゃんと話せなかった?
インド映画スターは英語が話せるのが当たり前。
しかし、中産階級の家庭に生まれ、高校までデヘラドゥーン(ウッタラーカンド州の州都)で過ごし、その後シムラ(ヒマーチャル・プラデーシュ州の州都)の大学に進学した彼女は、英語が苦手だったそう。
やはり、ムンバイやデリーの大都市でエリート高校・大学に進学している大多数の俳優・女優に比べると、多くの面で不利なバックグラウンドを持っていたようだ。
映画界デビュー当初は、英語が下手なことでバカにされたらしいが、本人はそれをバネに英語の学習に励んだという。

つい気になって、YouTubeで彼女のインタビューの英語を聞いてみた。
確かに、ちょっと言葉に詰まる場面が多く、英語が苦手な様子。でもそれがまた可愛い。

インドで俳優・女優をするのは本当に大変だろう。容姿や演技力だけでなく、英語力やダンススキルが必要なのだから。。。。。

 

 


 

ヒンディー語を制するものは(北)インドを制す!?

 

この映画の中で面白いのは、イギリス人高官のほとんどが流暢にヒンディー語を話していることだ。これは、映画上の演出というわけではない。

当時インド総督であったウェルズリー(英人)は、早くから、インドを植民地支配するためにはイギリス人官吏へのインド諸言語の教育が必要だと認識し、「Fort William College」という教育機関を設立した。そこでは様々なインド諸言語の研究・教育が行われた。このような官吏育成機関の設立は、ポルトガル、フランス、オランダといった他の主要欧州宗主国では行われなかったとされている。

軍医でありつつ、インド諸言語の教育・研究が必要だと感じていたギルクリストという人物がいた。ギルクリストはヒンドゥスターニー語研究・教育において大きな功績を残した。
そのうち2つを紹介する。
※ヒンドゥスターニー語の定義は諸説あるが、一般にはヒンディー語とウルドゥー語を合わせたものをいう。

 

①ヒンドゥスターニー語に関する著書(文法書、語学書など)を20冊出版した
当時も現在も、インドでは大変多くの言語・方言が存在する。その中で当時重要視されていたのはヒンドゥスターニー語だったが、ギルクリストはヒンドゥスターニー語の確立された文法書がなことに気づき、世界で初めてのヒンドゥスターニー語の文法書として、著書を出版した。(実際には、それ以前にインド国内に文法書が存在していたが、それには気づかなかったらしい。)これらの著書により、話し言葉であったヒンドゥスターニー語の文法が整備されたと言える。

 

②正書法の確立
先述した通り、当時も今もインドには様々な言語が存在する。
その結果、例えば、「ペルシャ語の単語をヒンディー語の文字で記述しようにも、それに対応する文字がない。適当な文字を当てておこう」といった状況だった。そこでギルクリストは従来の文字に「ドット」などを加えて、新たな正書法を確立させた。

 

以上のように、ヒンドゥスターニー語(及び他のインド諸言語)の文法を整備し、正書法を確立し、それを元にイギリス人官吏を教育した。
このことは、イギリス人が「上手に」インドを支配することのできた理由の一つと言えるだろう。

 

さて、これを現代のインドビジネス(ヒンディー語圏)に当てはめてみたらどうだろう?
インド留学中、私は多くの駐在員さんに会ったが、ヒンディー語が話せる人はほとんどいなかった。
確かに、英語が話せれば、インド人と大概の意思疎通はできる。
しかし、私の経験上、ヒンディー語が話せたからこそ知り得た情報は数多くあった。よくあったのが、「ポロっと出る本音」や「ちょっとした悪口」などだ。こういう情報は相手を理解し良い関係を築くのにとても役に立った。

正確な割合はわからないが、韓国人駐在員の方が日本人駐在員よりヒンディー語が話せる人が多いと聞く。実際、韓国企業は日本企業よりインドビジネスでははるかに成功しているようだ。

これはつまり、韓国はイギリス植民地時代の成功例を上手に再現しているのではないだろうか?

 

おわり。

 

 

 


(注)Fort William Collegeについては以下の論文を参考にした。
http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/61834/1/29181_論文.pdf

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